2008年07月26日

のけぞって ハプニング の日

こんにちは
 昨日は先行上映ということもあり、映画『ハプニング(The HAPPENING)』を見に行く。
 先日、見に行ったときにこの映画の宣伝を見て、興味をそそられたからである。
【ごくごく簡単なあらすじ】
 いつもと同じように穏やかな朝を迎えたニューヨークのセントラルパークに、何者かの叫び声が響き渡る。大勢の来園者たちは時が止まったかのように道や芝生の上に立ち尽くし、ベンチで友人と談笑していた女性は突然自らの命を絶ってしまう。時間同じくして、ある工事現場でも異変が発生していた。作業員たちが1人また1人とビルの屋上から身投げし、鈍い音とともに地面に叩きつけられたのだった。彼らが市を選んだ理由は、やはりどこにも見られなかった。
 かろうじて判明していることは、
〈第一の兆候:言葉の錯乱〉
〈第二の兆候:方向感覚の喪失〉
〈第三の兆候:死〉
見えない脅威は、人間が備えているはずの基本的な生存本能を瞬時に破壊していくのだった。
(パンフレットより一部抜粋)

 最初の5分間くらいの映像は本当に何気ない日常を送っていた人たちが突然、立ち止まり後ろ向きに歩き始めたり、意味不明で的外れな発言をしたのち、その状況でできるもっとも簡単で確実な死を自ら選び取っていく描写を淡々と描かれる。
 彼らが死を選び取っていくかまったくよく判らない。病原菌のせい?テロ行為?自然界の突然変異? まったくの謎なんである。
 主人公を含む、多くの人々はこの見えない脅威から逃れようと模索するがその脅威はゆっくりと確実に人々の前に襲い掛かる。

「怖えェェェェェ〰」

 僕は、映像の中で何かが起こるたびに椅子の上で身体をビクつかせてしまった。
 僕は普段、意図的に怖い映画は避けているが、今回のような「なんだか判らない脅威」(人でもない、宇宙人でもない、攻撃してくる対象がよく判らない)ような内容の映画が大好きである。自分でもちょっと矛盾しているような気がする。
 ちょっと前に映画『CUBE』が流行した時があったが、『ハプニング』はそれと似ているような気がした。
 なんだか判らないものに対峙するときほど、恐怖を感じるものはない。何が正解の対処法か判らない。周りにいる者の意見や解決方法を信用していいのか判らない。このようななんだか判らない状況は人間を孤独に陥れていく。
 この映画はまた、個々の死への状況、死後の状況を遠めの視点から撮られている。主人公たちの視点と同じように間近で見せない。そして死を淡々と描写する。このような描写がより恐怖を増幅させていく。あたかもテレビのニュースで殺人事件の映像を見せられているような感じだ。遠くの所で起きた出来事のようにも感じるし、その現場は自分たちが普段何気なく利用している普通の場所を思わせる。
 最近は理由がわかりにくい殺人事件が起きたりしているが、その状況をこの映画でも間接的に感じてしまう。

 見終わった後、劇場の外の喫煙コーナーで一服。劇場を行きかう観客をぼんやり見る。と、突然皆の動きが止まり、そして自分の動きも止まり、「今日自転車に乗らなくちゃ…」としゃべって、屋上を目指して歩いていく…。

 なんて、考えてしまって怖くなってしまった。
あとひく恐怖感を味わうことができる『ハプニング』。お好きな方はどうぞ。僕はもう無理です。

【今日のお言葉】
見えざる脅威
Ne povas vidi MINACO

 





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